
生まれ続ける夢たち
essay in Japanese by Eli K.P. William
「なぜ日本に来ようと思ったんですか?」 毎日のように寄せられる質問だ。
「どちらから?」「日本の生活はいかが?」「日本の食べ物は?」など僕みたいな日本に滞在する異邦人なら初対面で必ず聞かれることの中で、決まって四番目か五番目辺りに来る。まるで日本で生まれ育っていないものの義務であるかのように、住み始めてからの八年間、たびたび答えなくてはならなかったこういった問いには少しうんざりしてきたけれど、大体の場合、答え自体にはそんなに苦労しない。
「トロント」「まあ、悪くないかな」「はい、普通に食べますよ」
しかし、来日した理由のこととなると、どうも赤の他人には通じそうもないので、つい誤魔化しがちだ。 「Lost In Translationって映画が好きだったから」「特にトロ ントですることもなかったんで」「なんで来たんだっけ?」 ぱっと素直に答えられる異邦人もいるようだけれど、僕は違う。二十四年間もずっとカナダの同じ町の同じ地区の、同じ道沿いに住んでいたのに、それがいきなり東京へ引っ越し、日本について文章を書き、日本語の文章を訳すのに人生をかけることになった。この急な、取り返しのつかない決断の意味をどう説明すればいいのだろうか?
いくつかの方法が考えられる。けれども、今回は自分がこれまでに抱いた「夢たち」を回顧してみたい。
少年期
①宇宙飛行士(四歳)
②メジャーリーガー(七~八 歳)
③ファンタジー世界の英雄(八~十二歳)
思春期
④カート・コバーンのようなロックスター(十三歳)
高校時代
⑤麻薬売人兼女たらし(十五歳)
⑥伊丹十三の『タンポポ』に出てくるようなグルメのシェフ(十六歳)
⑦DJ、ボイパ、 歌、ブレークダンスを組み合わせた独り舞台のパフォーマー (十六~十八歳)
⑧環境活動家兼思想家(十八歳)
ギャッ プ・イヤー
⑨小説家(十九歳)
⑩調査報道記者(十九歳)
大学時代
⑪東洋と西洋の哲学者(二十二歳)
⑫日英翻訳家(二十三歳)
両手にあまるほどの夢を持っていたけれど、何度も諦めた。思いついて直ぐ、という時もあれば、奮闘して長く悩んだ末に諦めた時もあった。
ここで三番目「英雄」の出番。子供の頃読んだ本は、例外なく全てファンタジーというジャンルのものだった。そのせいで「魔法に満ちた不思議な世界へ(英雄として)行きたい」という幼い願望が育まれた。しかし、もし叶わないなら(もちろん叶う訳がなかった)、この世界のどこかに実在する不思議な国へ引っ越してしまいたい、と思うようになった。
まず、まだ諦めていない夢の一つ、今、人生の中核になった九番目の「小説家」から語ろう。二〇一五年と二〇 一七年にアメリカで刊行された Cash Crash Jubilee と The Naked World に続く、終刊の A Diamond Dream を現在執筆中なのだが、この、『The Jubilee Cycle』三部作のもととなるコンセプトは、この頃、つまり、十九歳のころ閃いたものだ。もし、全ての行為が大手企業の所有する知的財産になっていて、何をするにも使用料が課せられたとしたら、どんな世界になるだろうか? この未来的な設定には、未来的な舞台が必要だった。そこで、ふと、行ったこともない東京を選んだ。
高校時代に好きだった『AKIRA』や『ブレードランナー』 『ニューロマンサー』などから吸収した東京的な風景で溢れていた頭を漁ったら、それしか出てこなかったせいだろう。
実は、実家の近くにあった中華街も無縁ではない。何かの飾りみたいに、お店の看板やメニューなどに書かれている漢字。沢山の画数と複雑な字形に謎のような吸引力を感じ、「なぜ漢字は音のみならず意味も持ちうるのだろうか」と好奇心をそそられた。
その結果、大学三年生になった頃、日本語を勉強することにした(中国語を選ばなかった理由には、実は恋愛が関係しているのだけれど、ここでは省略させていただく)。国際基督教大学で日本語の集中コースを受けるため、初めて来日し、その次の夏が終わろうとする頃には、東京に住むことを 決めていた。短い滞在で、ホストファミリーの「ご飯は最後 の一粒まで食べる」ような「もったいない主義」を見て、 「日本人は環境意識の高い民族なのだ」と理解(誤解?)し、 八番目の「環境活動家」という夢が刺激されたということも働いた(あとでスーパーの、例えば、卵の過剰包装を見てが っかりするのだが……)。
大学を卒業後、「とりあえず英語講師として就職しよう」 と飛行機に乗り込み、その翌々年には十二番「翻訳家」へと転職した。そうして、高校のとき以来、中断していた小説をまた書き始め、舞台はやはり東京にしたのだ。四歳の「宇宙飛行士」や十五歳の「麻薬売人兼女たらし」などにまで答えを求められると、ちょっと困ってしまうけれど、今、こうして日本で小説を書いていられるのは、最終的には「夢たち」のお蔭だ。これからどんな夢が生まれるだろうか? 彼らの力に、頭を下げるしかないように思う。
Originally appeared in「すばる」2018年2月号
About The Author
Eli K.P. William is the author of The Jubilee Cycle (Skyhorse), a trilogy set in a dystopian future Tokyo, and a translator of Japanese literature, including most recently the bestselling memoir The Traveling Tree (Hachette) by renowned photographer Michio Hoshino. He also writes in the Japanese language, serving as a story consultant for a well-known video game company, and contributing short stories to such publications as a 2025 anthology put out by Japan’s largest sci-fi publisher. His translations, essays, and works of fiction have appeared in Granta, Aeon, Monkey, and more.
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